13.11.2004

パソコンを購入する予定

IBMのX40を購入しようかと考えている。

会社から貸してもらっているPCを簿価で譲って欲しいと頼んだら、業務用PCが足りないので返してくださいと言われてしまった。

って、PCって余っていると思うんだが・・・・・・。

21.10.2004

シンガポール空港へメールを書いてみた

一ヶ月前に、シンガポールで不法入国の中国人として拘束された件に関してクレームを出したところ、
e-mailでフォローのメールが届いた。そこで、返事を書いてみた。

下記のような内容で返信してみた。

頼むから、あんたのデータベースから、おれの履歴を消してね。そうしないと、次回行った時、即効で捕まってしまうもん。おれは、昔から日本人だから、その辺よろしく!

そして、実は、
シンガポールのチャンギ空港のセキュリティは厳重で、レベルがとても高いです。

見た目が中国人だと、どんなに証拠を見せても信用してくれません(中国人が日本人のパスポートを持っていることが疑わしいから)。
そのため、経由便待ちで、空港へ外出することを空港のパンフレットでは推奨しているのにも拘わらず、外出させてくれません。

でも、それって、Discriminationちゃうの??

追記
海外へ行く時は、大使館などの国の出先機関の電話番号を控えて行きくといいと思う。

07.10.2004

空港カスタマーサービスからメールが来た

シンガポール空港で不法入国の中国人に間違われて1時間以上拘束された事を、お客様アンケートに書いて郵送したんだけど、今日調査のメールが来た。

職員の名前とか憶えていたら教えてくださいって言っているんだけど、残念な事に憶えていない。

別に、空港カウンターの職員にペナルティを期待しているわけではなく、ちゃんと謝罪してもらい、ブラックリストへ登録された情報を削除してもらいたいんだよね。次回、行った時にきっと入国時に履歴に個人情報が残っているから、また拘束されるのは明らかだだもの。

もちろん彼らも、空港サービスを運営するに当たって、何が原因で職務に忠実な職員が、我々に対して疑いの目を持たざるを得なかったのか、システム上の問題点を洗い出したいんだろう。

ターミナル1と2が簡単に行き来できることが問題なんだよね。だから、到着ターミナルと異なるターミナルから入国することができるのだ。システム上可能なのに、それをしようとした我々を疑うというのが、おかしいのだ。
しかし、経由待ち時間の長い空港だから、空港全体を自由に使ってもらいたいのだろう。

セキュリティを取るのか、顧客サービスを取るのか、はっきりさせていただきたいぞ。

ともかく、先週末に郵便を出したのに、次の週にはE-MAILを送ってくるとは。結構、クイックレスポンスで驚いた。
さすが、アジアのハブ空港である。

30.09.2004

ヨーロッパでの最後の数日 その2 親孝行編

9月20日月曜日 父と一日中ロンドン観光。
9時にホテルへ迎えに行く。
で、地下鉄でまずは、トラファルガー広場経由でナショナルギャラリー。絵が多すぎて疲れました・・・・。ターナーの絵が印象的でした。

ついで、銀行に勤めていた父の要望により、シティを散歩。仕事上で取引があった相手が、どんなオフィスを構えているのか観たかったらしい。写真を撮りまくる父。イングランド銀行はお城のような構えであった。

次に、夏目漱石記念館へ向かう。結構、郊外にあって時間が掛かる。ガイドブックには住所しか書いていなかったけど、地下鉄の出口の地図に場所が書いてあったので助かった。が、普通のアパートで、その日(月曜日)は休館日だった。
とりあえず、そのアパートの向かいにある、ちょうど100年くらい前に夏目漱石が住んでいたアパートをパシャパシャ撮る。とっても、のんびりした住宅地であった。

その後、コヴェントガーデンで散策。マーケットに興味があったようだが、いまいちだったらしい。

んで、夕食はなぜかパブで、こてこてのブリティッシュ料理を食べつつギネスを飲む。酒飲みだから、もしやと思ったが、ジャガイモ料理に満足していた様子。

最後が、ロイヤルオペラでマスネの”ウェルテル”のご鑑賞。
この日が、シーズン初日で、ほぼ満席。蝶ネクタイの人もいるし、背中丸見えのドレスの女性もいる。とりあえず、ジャケット着用で来て正解だった。
昔、所属するアマオケで演奏したことがあったけど、正直つまらんオペラだと思ってましたが、それは間違いでした。このオペラは、いいです!
テノールの声、今まで聞いた中で最高でした。
うちら夫婦は、音楽は演奏した経験があるから憶えているし、字幕も英語なので、ほとんどの場面を予習したような状態で楽しめたのも良かった。
オペラを楽しむには、予習して行ったほうが、より楽しめるのかも。
演出は、古典的なスタイルを採っていたと思う。いわゆるワーグナーなどで行われるような演出ではなかった。とはいえ、技術的な仕込みは現代的なことをやっていたと思う。

父も大満足であった。中学生の頃、高い金出して買ったオペラのレコードがロイヤルオペラの演奏だったらしく、特別の想いがあったそうだ。戦後のあの時代から考えると、想像もできない状況だと言っていた。

こういう舞台に立てるというのは、とても大変な事だと思う。すごいと正直思う。そういば身内のことだが、父の妹(つまり叔母)も実はソプラノ歌手で、ミラノのスカラ座で歌った事もあるそうな。そういやCDも外国レーベルだけどあるな。最近は、後身の指導が中心らしいけど。

そうそう、カーテンコールで舞台に呼び出された長髪の爺さん、さっきまで自分の真後ろに座ってたんだよねぇ。すっごい驚いた。演出家だろうか??

最後に、ホテルまで送り届けて、長い一日は終了した。
4年前に癌で亡くなった母も、ワーズワースが好きだったから、一緒にこれていたらもっと楽しかったんだろうなと、ちょっぴりさみしくなってしまった。

ヨーロッパでの最後の数日 その1

少し過去を振り返ろう。

9月17日
ウェールズの住み慣れた町を7時半に出発した。一路ロンドンへ向かう。
ロンドンでは、着くなり大きなスーツケースを日本人留学性向けにサポートサービスを行っている会社へ預けに行った。18日から25日までの8日間は、移動ばかりなので大きい荷物は預けるのが一番だったのだ。ひとつ一日一ポンドは良心的な価格だと思う。ありがとう。パディントンの4星ホテルに宿泊。

その後、あれこれ遊んで、数日後にベニスへ行くのにイタメシ屋で夕食を食べて、ミュージカル”シカゴ”を観た。こりゃあ、面白い。バンドマンもステージ上で客へ向かって演奏するのだ。指揮者なんか演技までしてたぞ。演奏だけでも大変なのに、さすがプロである。チューバもいたし(←ここ重要)、かっこいいパフォーマンスだった。大満足だ。ありがとう。

9月18日
妻の友人をヒースローまで見送りに行き、チープなビクトリアのホテルへ移動。が、ホテルのやつらブッキングしすぎて、ネットで予約したのに夕方6時なのに、キャンセルしやがった。不幸の2個目開始。この辺は安くていいホテルが多いから自分で探せといいやがった。明日早朝に来れば、スペシャルプライスで残りの2日間宿を提供してやるなーんて言われて信用できるか!!

と言うわけで、ビクトリアステーションのホテル紹介所にて、ご相談。が、高いホテルしか残って無くて、結局さらに3日間も4星ホテル。でも、一泊£60だから我慢することにした。
でも、客が来ても扉を開けないポーターが居るホテルだった。。。。

中華街の一角にある”みさと”という、日本食屋で夕食を食べる。ここは、尋常じゃない量の日本食をロンドンの通常価格で提供しているすばらしいレストランである。しょうが焼き定食を頼んだが、あきらかに肉一パック分くらい出てきたよ。絶対。

9月19日
カンタベリーとドーバー海峡へ出発。しかし、ドーバー行きの列車が途中駅で止まり、terminated. はあ???って感じで、1時間待って、カンタベリー行きが着たから、もうドーバーは諦めて、それに乗った。不幸その3。

ヨークよりもちょっと小さめの町。カンタベリーの大聖堂は必見ですぞ。

夜は、確かアイロボットをロンドンで見た。正直、半分くらいしか分からなかった。マザーコンピューターの暴走って事でいいのかな??

9月20日
イギリスを旅行中の父とロンドン観光。これは、別記しよう。

26.09.2004

I am unhappy in Singapore

For transit, I am in Singapore airport now. After Arrival, I was planning to enjoy at sight seeing the City, however due to my appearance, I could not go out. Since the airport staff thought I was ilegal chinese so that I had to stay the immigration office. During this unhappy time, they ask same question again and again. Also they said that I must be able to speak chinese. After all, they understand I am not chinese, but to avoid risk, finally they do not allow me go out. It is a kind of risk management, but it is quite bad situation. Imigration office staff is very strict for their job, but it is bad attitude that made decision only by apperance.

Although i have over 9 hours for transit, i have no idea now. it is absolutely unhappy time, indeed.

It is so terrable.

Thanks Singapore. Hopely, I do not want to visit Singapore again.

FOREVER BYE BYE Singapore.

16.09.2004

ウェールズでの最後の旅

今日は、相方の友達を迎えにホーリヘッドまでレンタカーで行ってきた。
といっても日本人で、相方の元同僚で、アイルランドで一ヶ月ほど英語の勉強をして、ヒースロー経由で帰るのでウェールズへ立ち寄った次第であった。

ともかく、疲れた。

15.08.2004

強引な日帰り旅行

シェイクスピアのふるさと、ストラッドフォードアポンエイボン(Stratford-upon-Avon)へ今日は、行ってきた。
このツアーは大学の語学校の企画なんだけど、彼らはとんでもない強行軍を用意するもんだ。
朝8時出発⇀12時半着⇀17時出発⇀20時半帰着

これって、4時間半バスに乗って、4時間遊んで、4時間半バスに乗っていたのだ。
しかも、自由時間の4時間のうち3時間半をロイアル・シェイクスピア・カンパニーでの「ハムレット」の観劇に割り当ててしまったため、実質この日帰り旅行はハムレットを見るためだけのものになった。 ははははは・・・・・。

一応、生誕の家も眺めてきた。ただしバスが発ってしまうので2分くらいしか、そこには居れなかったけど。

ハムレットの感想は、また後ほどに・・。

21.06.2004

プラハ旅行記

すっかり過去のことになってしまったが、プラハの思いでを写真を中心に書いてみようと思う。

変わったデザインのオフィスビル。
レストランもあるらしい。モルダウ川沿いに建っていた。
P6060103.JPG

プラハ城から見下ろした風景。このお城だが、観光名所だからと言ってなめてはいけない。お城まで登るのは結構疲れるし、敷地内を観光するのも大変だ。さらに、お城の中にそびえたつ教会の塔に登るとかなり疲労する。眺めがいいので気持ちは良いけどね。
P6070164.JPG

衛兵さん達の隊列写真。お城の中には大統領府もあるそうで、入り口には二人の衛兵さんが微動だにせず立っている。この写真は、隊列を組んで行進している写真ですけどね。太陽が照りつける真夏日のような気温の中、制服をばっちり着て大変だなぁ。
P6070139.JPG

PRAGUE STATE OPERAにて。La Boheme (Ruggero Leoncavallo) と Turandot (Giacomo Puccini)を見た。電光掲示板が付いていたけど、もちろん英語ではなくてチェコ語。 ラボエームってプッチーニ以外にもあったのね・・・。
ネットで調べたらプッチーニがレオンカヴァルロから共同作成を打診されたのに断った挙句、発案者よりも先に世に出しちゃったそうな。レオンカヴァルロは激怒して二人は二度と口をきかなかった・・・。そりゃヒドイよ・・・。
ラボエームは演出が面白かった。ヒップホップ調のダンスをオペラの音楽に併せて取り入れていたのは、ちと無理があったと思うけどね。”死”で幕が閉じるので、ちょっと寂しかった。
トゥーランドットは、多分、典型的な演出だったと思う。衣装なども昔ながらのイメージだと思う。3幕のテノールのソロは、もちっと長めに歌ってくれると嬉しかったが、まあエンディングまで歌は残っているのでしょうがないのだろう。
両オペラとも、とっても楽しめた。やっぱヨーロッパの都市を旅するとき、オペラハウスの有無は大事な要素だな。
この町は、ちいさいのに昔からオペラハウスが3つある。規模はメトロポリタンやバスティーユやウィーンなどと比べると小さいけど、とてもすごいことだと思う。昔はどうしていたのか知らないけど、現在は観光客が支えているんだろうね。
P6060108.JPG

プラハへ行く際は、事前にここのオンラインチケットサービスを利用した。便利であった。

さいごに、
数年前にプラハを訪れた時より円が少々弱くなってたような気がします。
あとユーロが使えるかと思いきや全然使えませんでした。統合一ヶ月ってこんなものなのかなぁ?
ブランド物は価値をコントロールしているから物価が安くても日本やイギリスと大差無かったけど、食品なんかはやっぱ安かったと思う。レストランでは、二人で3000円から4000円程度でたらふく食べてワイン一本飲めるからね。
プラハは観光都市としてますます発展していくかもね。

そうそう、PRAGUE STATE OPERAは別名ドイツ劇場と言います。そう、マーラーが一年だけ棒を振っていたオペラハウスなんだよね。ということで、今回の旅はマーラー8番に始まり、マーラーゆかりの劇場で幕を閉じたのであった。

08.06.2004

ドボルザークホールで新世界を聞く

6月5日にバーミンガムからプラハへ移動した。
到着早々に事前に調べておいて、チケットが購入できていなかった当日のコンサートのあまりチケットを求めドボルザークホールへ移動。900コルナとちと高いが新世界がドボルザークホールで聞けるので購入。ちなみにオケはNorth Czech Philharmonic teplice(北チェコのテプリスという町が本拠地らしい)だった。事前に調べた範囲では常設のオケなので期待期待。(観光客用のオーケストラの演奏はできれば聞きたくなかったので.....)
が、この演奏会の評価は..........すいません、できません。

それでも、特筆すべき点を2点。
その1。中プロのモーツアルトのピアノコンチェルトを9歳の韓国人少女が演奏。どういう育て方をすると9歳で外国で外国のオーケストラとコンチェルトが演奏できるような実力を身につけられるのか不思議だ。プレーヤーの名前は、Sumin, LEE。

その2。本来は2楽章の出だしと2楽章の終盤の各4小節づつしか吹く場所がない新世界における悲しいチューバパートだが、1楽章の終わり辺りと4楽章の中盤も吹いていた。場所としては音色が直線的ではなくて、響きが重視される箇所だった。チェコ人のオケがそうしているのだから、これは我々チューバ吹きに取っていい勉強材料になったと思う。さすがにチェコ人だって8小節は嫌だと感じていた事が分かった事も収穫だな。

チェコフィルが、コンサートシーズンを終了させてしまっていたことは残念であった。
あ、ドボルザークホールは、中規模な大きさだったけど、とても残響の多い美しいホールでした。